基礎科学の「良い応用」と「悪い応用」とは?

http://www.mumumu.org/~viking/blog-wp/?p=2970#comment-77099

大変,興味深い議論。久しぶりにエントリを書く気になった。
いまひとつ、たぬきさんの主張がわかりづらいせいかかみ合っていないのだが、

たぬき
2009/08/30
何が始まったのかよく理解していませんが。企業ってすぐれた研究機関だと思っています。修士卒ってやたら多いし。最初はぱっとしないネタっにはまるかも知れないけど、直ぐに、どうやったら宣伝効果のある広告を作れるようになるのか、どういう商品がより物欲を刺激するか、手法を洗練させてくるのではないでしょうか。これまたよく分からないけど(根拠なしぃですみません)、何十万人規模のアンケートするより、何十人かの(例えば流行に敏感な協力者をターゲットにした)MRIの方が効果的っていうのはありえない話ではないような気もします。今までヒットメーカーにしか作れなかったものを誰でも作れるようになれるあたりを目標にしているんじゃないでしょうか?ただ、手法が軌道に載ってくれば複数企業が参入し始めて、商品の差異化スピードにますます拍車がかかり、結局は企業間の生き残り戦術が激化するだけかも知れません。

どうやら企業が、fMRIなどの神経科学の手法をとりいれたのは、それがマーケティングに効果的で企業の利益になるからだ。(だからそこまでおかしな科学はやらないはずだ。だってそんなことしたら、よりまともで効果的な神経科学を使っている競合他社に負けるから。)というのが主張のポイントらしい。


それに対して、vikingさんは、

僕がこの件で懸念しているのは、(我田引水とか自己中心的と怒られるのを承知で申し上げますが)単純に基礎科学研究の世界に悪い影響が及ぶのではないかということです。

と無根拠な俗説→その学問の社会的信用の失墜→グラントが取れない
しかも、真実を伝える義務がある。というあたりを危惧している。また、神経科学の’良い応用’に真面目に取り組んでいる例といて米軍をあげてる。

最後に余談を。核兵器開発の歴史は基礎科学研究の理念が砂上の楼閣でしかないということを示していますが、神経科学についても似たようなことが例えば米陸海軍で行われています(僕の専門分野にも米海軍の研究者で著名な人が何人かいます)。しかしながら、米軍は神経科学に歪んだ解釈を与えたりはせず、むしろ軍事目的ではあっても基礎科学研究としての神経科学の推進に力を入れているようです(特にBMIなど)。

で、米軍の話はもっと端的で、要は「本当に役立つものを作りたかったら本物の神経科学の研究をやるしかない」んです。実際には役に立たないけれども売れるものを作りたいなら、似非脳科学でも十分なわけで。軍隊はシビアだから、お遊びで手を出している余裕はないでしょうね。お遊びでやれるのは平和な証拠です。

青色LEDニューロマーケティングの違い

確かにたぬきさんのおっしゃるように、企業が利益にならないことをするとは考えにくい。しかし、だからといって、その科学の使用が利益になる=その科学に真面目に取り組んでいるということは意味しないと思う。
重要なのは企業がその基礎科学の応用で、長期的な利益を狙っているのか、短期的な利益でもよいと考えているかという点。
今回の「ニューロマーケティング」については、長期的な利益を狙ってやっているとは思えない。理由としては、
・(vikingさんが言うように)現在の神経科学で「ニューロマーケティグ」が求める結果は到底導き出せない(この先数年で飛躍的な進歩は見込めない)*1
・その現在の神経科学でさえ、「右脳」「左脳」を使う「神経神話」を払拭できないレベルから察するに踏まえられていない。
からだ。
特に後者の点は致命的だと思われる。青色LEDでは,セレンカ亜鉛でなく窒素ガリウムかという素材の選択は奇抜だったとしても、その当時の工学の知識を踏まえているはず。現状の科学の盲点をつくというのは現状の科学を知らなくてできようか。

また、「ニューロマーケティング」に関しては、長期的に利益にならないとしても短期ではなりえる。それはたぶん現在の日本のマーケティングがどれだけサイエンティフィックなものなのかにもよるだろうが*2、予測が当たろうが、外れようがとりあえず新手法として顧客の企業に期待されれば、利益は出る。時がたって効果のないことがバレるころに、また別の新しい手法を見つけてくれば、そこで顧客はつながれる。実際はどうかは知らないが、ありえる話ではないか。そうでなく長期的な利益しか見込めてないのなら、経営者はアホということになるが、国内2位の広告会社がそうとうは思えない。

ここでvikingさんの話に戻る。広告屋さんはそれでいいかも知れないが、かわいそうなのは短期的な利益のために使い捨てられた科学と科学者たち。社会的な信用を失うことで、資金がとれなくなりその分野はつぶれ、汚名を晴らすこともできなくなる。骨相学の二の舞というやつ。