ディベートカフェにはジャッジが必要

政治的行動を下支えするための「床屋談義喫茶」 - 発声練習

何かの問題を解決しようとするとき次のステップを踏むとする。

問題の把握
問題の原因分析
原因の解消あるいは緩和方法の調査および提案
実施する解消方法あるいは緩和方法の選択
選択した方法の実行
(中略)
単なる場を設けただけだと、議論好き(得てして議論がうまいわけでなく、自説を述べるのが好き)な人だけが集まり、「時事問題に興味を持った人の多くをステップ2の状態に持っていく」という目的が達成できないので、仕組みが必要。ディベート・カフェなんかは私のイメージに近そう。一定のルールを用意して、能弁な人もそうでない人も、専門知識がある人もそうでない人も、取りこめるようにした方が良さそう。何かの時事問題を煽りたいときには、専門家がその場に参加して、議論の相手になったら良い。

たとえば、以下のようなものはどうだろうか(ブレインライティングの応用)。

議論の目的:**という事柄について、現状の問題は何か、その問題の発生原因は何かを明らかにする
議論のゴール:二人の意見がまったく違うということが分かる or 現状の問題とその原因について同意を得る or 1時間経つ
議論の人数:高々5人
役割:司会進行&タイムキーパー1名(2人の場合は不要)
必要なもの:スケッチブックとマジックペン(2色以上)を人数分
進め方:ターン制

 なるほど。でも泥仕合を避け、ディベート風にやるなら、司会進行ではなくてジャッジが必要だろう(http://d.hatena.ne.jp/blupy/20090207/p1)。説得対象が第三者であるなら相手の人格を攻撃することは無意味になるし、公平が保たれる。もっともこの議論の目的は勝ち負けを決めるものではないのかもしれないが。勝負の要素を入れたら、「つまらなさ」は一気に吹き飛ぶことは間違いない。

ただゲームとして確立したディベートって、第一の目的は政策課題の理解を深めることではなく、頭を鍛えること*1。とくに即興ディベートの場合は、非常に限られた時間でいかに効果的な議論ができるか競うので、論点が狭いエリアに絞られてしまう。もちろん、副次的に政策を理解することはあるあろうが、それを目的にやるにはコストが大きいのではないか。というのもディベートは議論するための縛りが多いし、エネルギーを浪費するので。
 
 たしかに議論が狭まるという難点はあるが、勝ち負け制にし、ジャッジを取り入れれば、論理的に政治的意見を言う訓練になり、「民度」の上昇に貢献するだろう。

*1:正確には論理的思考や表現力